そして時々、そこの主人と世間話などすることもありました。この人は社長さんで、
60歳位の優しそうな印象の持ち主Aさんです。そして、話はとんとん拍子に進みました。
価格面はネット検索した方が遥かに安いことは分かっていまっしたが、何となくご縁を
感じていたので、Aさんに全て任せることに決めていました。しかし、どうしても最後の色を
どうするかだけが決められませんでした。Aさんの所は、カラーシミュレーションのような
気の利いたものはないようです。昔気質のAさんの所では、色見本のカードだけが頼みの綱です。
本当に迷いました。この時、妻とも相談していたのですが、妻はお産の都合で1ヶ月ほどの
里帰りが決まり、色選びは“あなたが決めた色で良いよ!でもシックでモダンな感じがいいな”
との希望を残しニコニコと出て行くことに。あとに残された私は、1人で家の色を
決めなければなりません。悩みに悩みました。そんな時、ある家の風景が脳裏に浮かびました。
それは、黒というか濃いグレーの1色でまとめ上げたシックでモダンなかっこいい家でした。
私は“これだ!”と思いAさんに相談しました。するとAさんは、
“黒1色ですか?…それも良いかもしれませんね”と言いました。そしてAさんは付け加えました。
“ツヤの加減はどうしましょうか?”私は、ツヤツヤだと安っぽくなりそうに感じたので、
“ツヤはゼロでマットな感じでお願いします!”と伝えました。そして、話し合いの結果、
私のイメージを尊重してくれたAさんのお陰もあり、濃いめのグレーではなく黒、
本当の黒でツヤなしを外壁から屋根まで1色で塗ることに決まったのです。
私は、きっと妻も喜ぶだろうと想像しながらワクワクが止まらず完成が待ち遠しくなりました。
そして工事は進み間もなく色塗りの作業が開始される頃、私に急な3日間の出張が入りました。
肝心な時に出張かと少し残念に思ったのですが、帰ってきた時に【漆黒の我が家】を
見た時の喜びを想像しながら私は出張に出かけたのです。Aさんには、
“出張から帰ってくる頃には塗装も終わって足場の撤去も終わってますよ!”と言われていたので、
出張中もワクワクが止まりませんでした。そして遂に3日間の出張を終えた私は、
夜食を外で済ませてワクワクしながら家路についたのです。
もうすぐ綺麗に塗り変わった我が家が見える!さて、どんな印象かな…?
…………………………。 ………………………………?
あれ……? 家がない? 黒すぎて闇に溶け込んでいる…。シルエットしか見えない。
何となく不安が込み上げてきました。気を取り直して、明日またよく見てみようと思いました。
そして翌朝。天気も良く絶好の確認日和です。外に出て我が家を眺めました。
【ツヤなしの黒、それは思った以上に深い深い漆黒の家】
印象はと言うと、かっこいい!?、、、のかな? でも、なんか、場違いな感じ。
何というか、家全体が深い真っ黒。すごい黒い。ヤバイ…。
なんか違う……失敗したかも!?私は、眺めるのをやめ家に入りました。
それから2週間後。赤ん坊を抱いて妻が実家の父母とともに我が家に戻ってきました。
私は玄関を開けて元気よく“おかえり!”と言うと、
妻たちは、漆黒の我が家を見つめて無言のまま立ちすくんでいたのです。
………。
するとその時、
この先にある高校に通う男子高校生が、家の前の道を自転車で複数台で通り過ぎて行きました。
そして、男子高校生たちは大声でこう言いながら通り過ぎていったのです。
“お前の話、本当だったな〜!”
“だろ!”
“まじ、ステルスハウスじゃん!”
“夜、闇に消える家!”
“グーグルアースに移らない家!”
などなど。我々一同、絶句。男子高校生たちは無邪気に残酷でした…。
このあと妻は数日間、私とほとんど会話をしませんでした。
Aさんは、私のいう通りの仕事をしてくれたわけで文句を言うのは大間違い。
もう一度、塗装前のあの頃に戻りたい。そして、近隣との調和の取れた無難な色に選び直したい。
男子高校生たちが面白半分に見にくるような色にはしたくない。でも、全てが手遅れ。
私は、いや、私たちは、この漆黒のステルスハウスで暮らすより道はないのです…。
これが色選びの失敗なんだなと、改めて痛感する出来事になってしまいました。